まずは自己紹介をします!

初めまして!あき接骨院 院長の竹田安希と申します。現在37歳 小学5年生の娘と3年生の息子を持つ2児の母です。なぜ、私が働くお母さんのためのサイトを立ち上げようと思ったかといいますと、それは、私が幼い頃 乳首が 大好きだったからなんです。笑笑

乳首と言っても 哺乳瓶の乳首でして、私の母は 母乳が出ませんでしたので、私は哺乳瓶で育てられました。ですから哺乳瓶の乳首は、私にとって母の温もりを感じられるものでした。

私の母は 私がなんとかする!となかなかの太っ腹な かあちゃんで、私は 頑張り屋さんの母親が大好きでした。

父は 建築士でしたが、安月給のサラリーマン。 なんと初任給は7万円だったそうです。それでもお金にとらわれず、誠実にまっすぐな想いを持って仕事を続けられる人でした。

ですから若い夫婦は お金がない中 私と一つ年上の姉を育ててくれました。そんな 両親の後ろ姿をみながら育った私は お父さんとお母さんが 喜ぶことを 何かしたいと思いながら育ちました。

父の実家は和歌山県、母の実家は金沢市から車で1時間ほどかかる加賀市にありました。父の帰りは毎日23時ころ。ですから母は、ほぼ誰の力も借りずに一人で私と姉を育ててくれました。

母はいつも忙しそうで、子供の話をゆっくり聞くようなゆとりもなく。そりゃそうですよね。今なら理解できますが幼かった私は、いつもどこか寂しかったのを覚えています。

中学生の頃 私の夢は 美容師になることでした。私は昭和生まれの人間ですので、女の私が 一生食べて行くためには手に職!と思っていました。

お金のない家庭でしたので 美容師なら 通信教育で働きながら60万円で資格がとれるという事も魅力でした。ですから 私は 中学3年生の時に 働きたい美容室を 最初に決めて 高校は そこの美容室と就職提携のある 商業高校を選んで進学しました。

ところが高校3年生の春。母の 脱サラして立ち上げたエステ業が 経営困難となり 母はもともと 16年間 病院のリハビリで鍼灸師として働いていた経験を生かし、柔道整復師(接骨院の先生)の資格を持つ方と 共同経営にて 鍼灸接骨院を立ち上げる事になりました。

そこで 私に 家業を守っていくために美容師資格ではなく 柔道整復師の資格を取ってもらいたいと言ってきました。私は美容師になる以外の道はまったく考えていなかったので正直悩みました。そして自分に問いかけました。

なぜ、あきちゃんは美容師になりたいと思ったの?

自分のようなものでも何かさせていただく事で喜んでもらえたらうれしいから。という答えが自分から返ってきました。だったら 手に職は 柔道整復師でも同じだし、何よりお父さんとお母さんが喜ぶ道が私の幸せだと思い、柔道整復師になる事を決意しました。

専門3年の頃 成績優秀だった私は 柔道整復師としての未来に希望を持って 整形外科に就職する事を 望んでいました。

しかし、母親と一緒に働いていた柔道整復師の先生が独立する事になり、母から すぐに うちに入ってくれないかと 言われました。ここでもまた 私は 悩みましたが これも 家族のためになるならと 母親の経営する 鍼灸接骨院に 永久就職する事に決めました。

当時の接骨院の経営状態は 真っ赤かの赤字であと3年経営が持つかどうか分からないそんな状態でした。私が 当時 接骨院から貰っていた お給料は12万円 これじゃあ 勉強費もでないので、私は 平日 接骨院が終わってから 夜は居酒屋でバイトをして 週末は経営や 技術の勉強会に行くということを繰り返していました。

手探りではありましたが、そんな日々を繰り返しているうちに いつしか 経営も安定していき 私は 接骨院の先生という仕事にやりがいと生きがいと充実感を感じるようになっていきました。

21歳の時、ひたすら自己啓発系の経営セミナーに通いました。そのセミナーで3つ目標を決めました。1つ目は自宅兼治療院を建てること。2つ目はその時学んでいた技術の資格をとること。そして3つ目は彼氏もいませんでしたが、結婚すること。笑。全部の夢に期限をつけて、より具体的に明確にしました。そしたらなんと!!すべて手に入りました!

ということで私は23歳で結婚というものをさせて頂きました。同じ歳のとても優しい彼は うちに婿養子に入ってくれました。

ここまで話すとすべて思い通りの人生が手に入っているように聞こえるかもしれません。しかし、私の奮闘はここから始まるのです。

当時の私は、一緒に働いている母との関係。(本当に親子で一緒に働くって大変なんですよ!汗)プライベートでは夫の母親との関係。そして子供がなかなかできないということに悩んでいました。

また、仕事では、患者さんの身体をさわらせて頂きながら、良くなる人と良くならない人の違いはどこにあるのだろう?とよく考えていました。私が思ったのは、どうやら良くなる人と良くならない人の違いは、その人その人それぞれの考え方の違いにあるのではないか。ということでした。そう思った私は、何か心の事をもっとしっかり学びたいと思うようになり探しはじめました。

そして私はスリーインワン・コンセプツ®というワークに出会いました。24歳の時でした。このワークと出会いストレスマネージメントを学ぶことで私は周りとの関係がドンドン良くなっていったと同時に、私たちの価値観や信じ込んでいること、思い込んでいることには母親が大きく影響していることを知りました。

お母さんの言葉って良くも悪も 魔法の言葉だとおもいませんか?私自身も母親の言葉によって背中を押してもらったり、時には自分を否定したりと色々な影響を頂いて成長させて頂いたという実感があります。

私自身も実際に親になって、子育てする中で本当にいろんなことに悩みながら子供と向き合って精いっぱいの愛情を注いでいますが、子供を認めてあげたら良いということは分かっていても、私たち母親自身が自分を認められない限り、本当の意味で子供だけに限らず、相手を認めることなんてできないんですよね。

子供を認める前に 私たちがどれだけ自分を認められているかが大事。

お母さんも母である前に一人の人。悩むし、落ち込むし、疲れるし、時には失敗だってする。

そんな頑張っているお母さんのサポートを微力ながらでもできたなぁと思っています。

家庭の空気は母親がつくる!お母さんが笑えば、家庭は平和!世の中のお母さんを元気にすることで、日本を元気にできると本気で信じています。

そう。だってお母さんが健全な身体と思考が持てれば、健全な子が育つ。男性も女性も母親に育てられるのだから、健全な身体と思考を持つ女性が増えれば、良質な人間が増えるのではないかと。

少し大袈裟な話に聞こえるかもしれませんが、私がこれまで学んできたことがあなたのお役に立てることができれば本当にうれしいです。

健康な身体と心を手にいれて、私と一緒に笑顔の毎日を作っていきましょう!

最後まで私の自己紹介にお付き合いくださいましてありがとうございました!!これからどうぞよろしくお願いいたします。

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